【インタビュー記事】一言のYes!が広げた世界
2026年3月、高校1年生の渡邊 櫂成(わたなべ かいせい)さんはオーストラリア・タスマニア島にいた。
「英語を上達させたい」
「異文化に触れ、広い世界を見てみたい」
そんな思いから留学を決意した。
通っている埼玉県の高校では、留学先での学習も単位として認められる制度があり、その後押しもあった。
広大なオーストラリア大陸の南東、日本よりも南極に近い海に浮かぶタスマニア島。
留学先のRose Bay High Schoolのグラウンドで、カイは初めてAFL(オーストラリアンフットボール)と出会う。
幼い頃からサッカーやテニスなど球技に親しんできたこともあり、友人に誘われるままボールを蹴る輪に加わるのに時間はかからなかった。
休み時間になると生徒たちはハイマークを奪い合い、夢中で競い合っている。
「激しいスポーツだなあと思いました」
楕円球のキック、キャッチ、そして痛かったと顔をしかめるハンドボールもどんどんと上達。
体育の授業にも当たり前のようにAFLが取り入れられており、現地での人気の高さにも驚いたという。
気がつけば、異国のスポーツに夢中になっていた。
そんなある日、学校対抗戦が開催されることになった。
友人から「一緒に出場しよう」と誘われる。
「AFL」「Match」「Kai」「Play」
理解できた言葉はそれだけだったが、返事は迷わず、
「Yes!」
学校対抗戦は安全面に配慮したタックル無しの9人制。それでも迫力は十分だった。
「好きなポジションをやっていいよと言われたので、フォワードでプレーしました」
4試合に出場し、自らゴールも決めた。
チームメイトには体格のいい選手が多かったが、他校にはさらに大きく、さらに迫力のある選手たちがいた。
「キック力がえげつなかったです」
身長170センチ。
日本では平均的な体格でも、大きな相手に囲まれると心細く感じた。
それでも負けじと走り続けた。
ほんの数週間前までは名前すら知らなかったスポーツ。
気づけば自然に楕円球を蹴り、拳でハンドパスを送り、「こっち!」とボールを呼んでいた。
ホームステイ先は2か所にお世話になった。
学校でAFLを始めたことを話すと、
「AFLは楽しいよね!」
と会話が弾んだ。
多文化国家のオーストラリアらしく、タスマニアではさまざまな国の料理を味わうことができた。
日本人と出会う機会は少なく、その分、多様なバックグラウンドを持つ友人たちと交流を深めた。
休日には雄大な自然を満喫し、カンガルーとも「友達」になったそうだ。
AFL好きの友人も多かった。
家に遊びに行けば、テレビではホーソン・ホークスの試合が流れていた。
街のスポーツショップには、AFLグッズがずらりと並んでいた。
「ユニフォームを買おうか迷ったけど、100ドル以上したので諦めました」
帰国後の変化について尋ねると、少し照れながら答えた。
「一人でできることが増えました」
「親がそう言ってくれました」
その成長は、すぐに次の行動につながる。
カイは通っている埼玉県の中高一貫校でAFLのワークショップを開催した。
中学生から高校生まで23人が参加し、初めてAFLを体験した。
ハンドボール、キック、マーク。
タスマニアで友人たちが教えてくれたことを、今度は自分が教える番だった。
休み時間によく遊んでいた、複数人でボールを奪い合うマークゲームもプログラムに取り入れた。
最後のゲームは予想以上の盛り上がりとなり、終了時間は予定より約1時間も延長。
「楽しかったー」
「ありがとう!」
そんな声があちこちから聞こえてきた。
タスマニアで受け取った楽しさを、日本の仲間へ伝えることができた。
160年以上にわたりオーストラリアで受け継がれてきたAFLの文化も、きっとこうして人から人へ受け継がれてきたのだろう。
インタビューの最後、「そういえば」と教えてくれた。
学校対抗戦の最終戦。
「カイはもうすぐ日本へ帰る」
「だから、カイにパスを回そう」
チームメイトが、そう声を掛け合ってくれたという。
「みんながつないでくれたボールでゴールを決められて、本当にうれしかったです」
インタビュー中で初めて見せた笑顔は、さながら試合後のAFLプレーヤーだった。
ゴールを決め、チームメイトの輪の中で見上げた空はいかようだったか。
タスマニアは、国連の公式機関から人が住むエリアで世界一空気がきれいだと認められている。

















