【AFLフラッシュバック 80’s,90’s】第7回 AFLのスタジアム~80年代、90年代のスタジアム探訪~

【AFLフラッシュバック 80’s,90’s】第7回 AFLのスタジアム~80年代、90年代のスタジアム探訪~

2020年4月16日 0 投稿者: Hideki Miyasaka

AFLフラッシュバック 80’s,90’s

1980年代、90年代にオーストラリアで幼少期、青年期を過ごした筆者が、VFL/AFLの逸話をご紹介します。

第1回2017/10超人気の州リーグ’VFL’から、全国リーグの’AFL’へ
第2回2017/11AFLでは、2世、3世プレーヤーは当たり前!(前編)
第3回2018/1AFLでは、2世、3世プレーヤーは当たり前!(後編)
第4回2018/180年代~90年代、最強を誇ったPort Adelaideと、AFL参入のゴタゴタ
第5回2018/7キック力は、世界標準!NFLでも通用した、AFL選手達
第6回2019/9ミスターゲス不倫 Wayne CareyのFootball人生
第7回2020/4AFLのスタジアム~80年代、90年代のスタジアム探訪~
第8回2020/5メルボルンが悲嘆に暮れた日~1992年 AFL Grand Final~

1990年から、全国リーグとしてのAFLが始まり、集客能力としての『箱』の大きさの観点から、メルボルンの各クラブがホームで戦う場合は、MCG(メルボルン・クリケット・グラウンド)、もしくはDocklands スタジアム(現マーベル・スタジアム)が割り当てられている。しかし、かつては、各クラブ、それぞれの地域でホーム・スタジアムを利用し、本当の意味でのホーム・アンド・アウェイ方式のVFL/AFLのリーグ戦が行われていた。現在は使われなくなった、もしくは練習場としての機能のみになってしまった、各クラブの『聖地』を紹介していこう。

Windy Hill ~Essendon~

AFLの人気チーム、EssendonのホームグラウンドであるWindy Hill (ウィンディー・ヒル)は、メルボルンから約8km北西にあるEssendon地区の中心地にある。駅からも近く、利便性のあるこのスタジアムは、1922年~1991年まで ”Bombers(ボマーズ)” のホームスタジアムとして、629試合のVFL/AFLのリーグ戦が行われている。風が強く吹くスタジアムであったことから、Windy Hill という名称で親しまれていたが、集客力の問題から、Essendonは1992年より、ホームスタジアムをMCGに移すことになる。しばらく、クラブの本部、並びにトレーニング場としての機能は、Windy Hillに残していたものの、2013年にクラブはメルボルン空港近くの新練習場に移転することとなり、現在はEssendonのリザーブ(2軍)・チームのVFL公式戦のみ行われている。

メルボルンCityからのアクセス:Metro Craigieburn線 Essendon駅から徒歩5分
かつては約4万人を収容し、数々の名試合が行われたWindy Hillも、現在はいくつかのスタンドを残すのみとなっている

Victoria Park ~Collingwood~

Victoria Park(ヴィクトリア・パーク)は、AFLでEssendonと人気を二分するCollingwoodの本拠地として利用されていた。Collingwood地区の隣、Abbotsfordに位置するこのスタジアムでは、1892年~1999年まで、863試合もの公式戦が行われた。ピーク時には、ヴィクトリア州3番目の集客力を誇っていたものの、1980年代から、クラブは更なる集客を求めて徐々にホーム試合をMCGやWaverlay Park(旧VFL Park) 等に移すようになる。更に、1990年代になると、AFLのグラウンド・ポリシー(メルボルンのチームをMCG、Docklandsに集約)により、年間数試合のみの開催となっていた。1999年に最後の公式戦が行われた後は、練習場として利用していたものの、2004年にYarra川沿いOlympic Park内のWestpac Centreに本部機能、並びに練習場を移転し、100年以上の歴史に終止符打つこととなった。ただし、Essendon同様、現在でもリザーブ(2軍)・チーム、並びにAFL Womens(女子チーム)の公式試合が行われている。

メルボルンCityからのアクセス:Metro Hurstbridge線 Victoria Park駅から徒歩2分
“Maggies”の聖地Victoria Parkは、今でも約15,000人の集客を誇る

Whitten Oval (Western Oval) ~Western Bulldogs~

Whitten Oval(ウィッテン・オーバル)は、メルボルンの西の郊外Footscrayに位置し、Western Bulldogsのホーム・グラウンドとして長年利用されてきた(かつては、Western Ovalという名前で親しまれてきたが、急逝したBulldogsのレジェンドTed Whittenの名を冠して、1995年から現在の名称となっている)。元々植物園だったこの場所を、ホームゲームのオーバルとして利用して始めたのは、1880年代と言われている。以来、クラブは最高で25,000人程の集客能力しかない、狭隘なこのスタジアムを1997年までホームグラウンドとして利用してきたが、他クラブ同様、MCG、もしくはDocklandsに公式戦のホームを移していった。ただし、今でもクラブの本部、並びにトレーニング場としての機能はWhitten Ovalに残しており、クラブが2016年に62年振りの優勝を果たした翌日には、約25,000人のファンがWhitten Ovalに詰めかけている。

メルボルンCityからアクセス:Metro Sunbury線 West Footscray駅から徒歩5分
BulldogsのレジェンドTed Whittenの名を冠した、E.J. Whittenスタンド(写真左)と、2016年の優勝報告時に集まった25,000人Doggiesファン(写真右)

Princes Park (Ikon Park) ~Carlton~

ネーミング・ライツの問題で過去4回名前が変わっている、Princess Park (プリンセス・パーク ,現アイコン・パーク)は、主に、Carltonのホーム・グラウンドとして長年利用されてきた(一時期、HawthornやWestern Bulldgos等も共同利用という形で公式戦を行っている)。Cityからのアクセスもよく、比較的収容人数も大きいPrincess Parkは、1897年からVFL/AFLの公式戦が行われてきていたが、他クラブ同様にMCG、Docklandsへの集約の流れから、2005年にAFLの最終戦が行われた後に、その長い歴史に終止符が打たれた。ただし、クラブは未だに、本部、並びにトレーニング場としての機能を残しており、VFL等のフットボールの公式戦だけでなく、クリケット、サッカー、ラグビー等の様々スポーツでも利用されている。なお、2005年にはオーストラリアン・フットボールの世界大会であるInternational Cupの会場しても利用されており、日本代表・サムライズもスペインを相手にこのスタジアムで激闘を演じている (筆者も出場!)。

メルボルンCityからアクセス:トラム Route19 North Coburg行 18番停車(Princess Park)から徒歩2分
古豪Carltonの本拠地Princess Parkは、日本代表も2005年のInternational Cupで1 試合戦っている

Waverley Park (VFL Park) ~Hawthorn~

1960年代、各クラブが狭隘なホームスタジアムによる集客に伸び悩んでいたことから、VFL(現AFL)が、シティーの南東21キロに位置するMulgraveに土地を購入し、各クラブが共同利用可能な大規模スタジアムの建設に乗り出したことに端を発する。当時から、シティからのアクセスの悪さを懸念する声もあったが、高速道路 (Eastern Freeway)の建設により、郊外地としての発展が予測されていたこともあり、この一大プロジェクトが遂行されることとなった(VFLは、Metro, Waverly線のスタジアムまでの延伸を市に働きかけたこともあったが、結局実現することはなかった)。1970年に完成し、VFL Parkと名付けられた(後にWaverley Parkへ変更)このスタジアムは、最大で72,000人の集客を誇り、MCGに次ぐVFL/AFL各クラブの重要な箱としての役割を担うこととなる。1990年からは、Hawthornがホームスタジアムとしての利用を開始したが、2000年にCityから約2キロのDocklands地区に、Docklandsスタジアム (現マーベル・スタジアム) が建設されると、その役割を失うこととなる。その後解体されることとなったが、2006年、その跡地にHawthornがクラブの本部、並びにトレーニング場を建設し、現在に至っている。

メルボルンCityからアクセス:Metro Waverley 線 Glen Waverley 駅から無料シャトルバスを利用
1991年にはAFL Grand Finalも行われたWaverley Park(旧VFL Park)だが、現在はGlenferie Ovalから移転したHawthorn が本拠地として利用している

宮坂 英樹
1972年7月1日生まれ。父親の仕事の関係で、オーストラリア・メルボルンで、幼少期を過ごす。1994年に、VAFA(Victoria Amateur Football Association) 3部リーグでプレー。国内では、Eastern Hawks等でプレーし、2007年現役引退。現一般社団法人日本オーストラリアンフットボール協会会長。

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