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Asian Champs 2026|充実のタイ遠征記

オーストラリアンフットボールの国際大会「Asian Champs」に出場するため、タイへ遠征した豊島、長崎、貝原の3人に感想を聞きました。各国のチームとしのぎを削った試合、仲間と絆を深めた時間、そしてパタヤやバンコクで出会った食や景色。3人の言葉を通して、充実した3日間を振り返ります。

1日目|タイ到着、仲間と迎える大会前夜

翌日に控えた「Asian Champs」に出場するため、早朝に成田空港を出発してバンコクへ向かいました。

スワンナプーム空港に到着し、まずは1階の食堂で腹ごしらえ。
空港内とは思えない手頃な価格にもかかわらず、とてもおいしくて感動しました。振り返ってみると、今回の滞在中で一番美味しかったタイ料理だったかもしれません。

その後は、ホテルがあるパタヤまで車で約2時間かけて移動しました。

ホテル到着後、すぐにプールへ!
長時間のフライトと車移動で固まっていた身体がほぐれました。

プールで一息ついた後は、チームディナーの時間です。
東京ゴアナーズと駒澤マグパイズのメンバーで合流し、翌日の試合に向けた熱いトークで盛り上がりながら食事を楽しみました。

   

途中、パキスタンチームと出会い「お互い頑張ろう」と交流できたのも、国際大会ならではの醍醐味です。

ホテルに隣接する繁華街から大音量の音楽が聞こえてくる環境でしたが、長旅の疲れもあり、その夜はすぐに眠りにつくことができました。


2日目|Asian Champs開幕、仲間と挑む熱い戦い

出発は朝6時30分。ホテルを出るとチームメイトが続々と集結しました。全員揃うとチームバスに乗り込み会場へ出発しました。

現地に到着すると、アジア各国の強豪たちが続々と集結していました。
周囲を見渡せば、フィジカルもスケールも違う各国代表の選手たち。

一瞬呑まれそうになる空気感の中で、赤と白のゴアナーズのユニフォームに袖を通したとき、「いよいよ始まる」という身が引き締まる思いと、湧き上がる高揚感がありました。

遠征の醍醐味は、普段は別々のクラブでライバルとして戦うメンバーが、一つの「日本代表」として絆を深めていく時間です。

ミーティングで戦術を確認し、食事を共にしながら冗談を言い合う中で、チームの意思が一つになっていくのを実感しました。

いざ開幕した大会。ピッチ上に一歩足を踏み入れると、そこは完全な戦場でした。

AFL特有の激しいコンタクト、容赦なく飛び交うボイス、そしてハイスピードなゲーム展開。
各国の代表チームはどれもフィジカルが強く、一瞬の判断の遅れが失点に直結する緊張感が続きます。

しかし、僕たちも黙ってはいません。

小回りの利くアジリティ、泥臭くルーズボールに飛び込む執念、そしてチーム全体でボールを繋ぐワークレートの高さ。
自分たちの強みを最大限に活かし、体格で上回る相手に真っ向からぶつかり合いました。

体を張ってタックルを決め、見事なパスワークからゴールを奪った瞬間のベンチとピッチの爆発的な歓声。
あの痺れるような快感は、一生忘れることができません。

試合が終われば、そこはまるで試合後のクラブハウスのよう。
ビールを片手に「あのプレーは凄かった」「あの俺のプレー見たか?」と語り合いました。

元のチームは違えど、オーストラリアンフットボールを愛する仲間として繋がれる。これこそがAFL Asia Champsの最高の魅力だと感じます。


3日目|パタヤの海からバンコクの街へ

大会を終えた3日目。この日は試合から少し離れ、タイを楽しむ観光デーとなりました。

朝、ホテルを出てまず向かったのはパタヤの海沿い。
「せっかくパタヤに来たのだから、海を見ておきたい」と、特に目的地を決めることもなくビーチ沿いを歩きました。

前日の大会の熱気とは打って変わって、朝のパタヤはどこかゆったりとした雰囲気。
海を眺めながら歩いていると、試合の緊張や疲れも少しずつ抜けていくような感覚がありました。

途中、海沿いのカフェに立ち寄りました。
潮風を感じながらコーヒーを飲み、目の前に広がる海を眺める。何か特別なことをしているわけではありませんが、この何気ない時間にパタヤの良さを感じることができました。

そして歩いていて面白かったのが、夜とはまったく違う街の表情です。

夜になればネオンが灯り、一気にディープな雰囲気へと変わるパタヤの街も、昼間は驚くほど穏やか。
同じ場所とは思えないほどのギャップがあり、「夜の街」というイメージだけでは分からないパタヤの一面を見ることができたのも印象的でした。

昼はターミナル21へ。ここではタイ料理を楽しみながら、ゆっくりと過ごしました。

大会中はどうしても試合やスケジュールが中心になりますが、この日は時間に追われることもなく、ようやくタイに来ていることを実感できた気がします。

そして夕方、パタヤを後にしてバンコクへ。

到着したのはナナ周辺。パタヤとはまた違ったエネルギーを感じる街を歩き、夜は夜市でローカルな料理を楽しみました。

屋台から漂ってくる香り、人々の声、行き交う車やバイク。
昼間に眺めた穏やかなパタヤの海とは正反対の、バンコクらしい活気に包まれながらの夕食となりました。

朝はパタヤの海を眺めながら静かな時間を過ごし、夜はバンコクの喧騒の中へ。

大会で全力を出し切った後だからこそ、こうして現地の街を歩き、食事をして、その国の空気を肌で感じる時間も遠征の大切な一部です。

試合も、仲間との時間もそしてこうした旅の景色も含めて今回のタイ遠征をより思い出深いものにしてくれた3日目でした。


試合での挑戦も、仲間との交流も、現地で過ごした時間も、かけがえのない思い出となった今回のタイ遠征。来年のAsian Champsは、インドネシア・バリで開催されます。今回の経験を力に変え、再びアジアの仲間たちとフィールドで会える日を楽しみに、日々の練習に励んでいきます。

AFLにどっぷり13日間――メルボルン滞在記【後編:プレーヤー体験編】

オーストラリアンフットボール(AFL)の本場、メルボルンで過ごした13日間。前編では、観戦者として、またAFLコミュニティの一員として過ごした時間を振り返った。後編では、Fitzroy Football Clubでの練習や2試合への出場を中心に、プレーヤーとして体感した本場のAFLを綴る。

前編はこちら

今回の滞在の本来の目的は、Fitzroy Football Clubでプレーすることだった。だが実際には、想定を大きく超えることになった。複数回の練習参加、個人トレーニング、AFLクラブの練習見学。そして2試合の実戦出場。プレーヤーとしてAFLに浸かり切る13日間となった。

Fitzroyというクラブについて

Fitzroy Football Clubは1883年創設。VFL(現AFL)の創設メンバーの一つに数えられる歴史あるクラブである。1898年から1944年にかけて8度のプレミアシップを制した。6人のBrownlow Medalistも輩出している。リーグ屈指の名門として知られた時代を持つクラブだ。

しかし1990年代に経営難に陥った。1996年、Brisbane Bearsと統合。Brisbane LionsとしてAFLでの歴史を引き継ぐことになった。

クラブカラーは赤・青・黄。ニックネームは創設当初「Maroons」、その後「Gorillas」、1957年から統合までは「Lions」と変遷してきた。統合後もFitzroy Football Club自体は存続した。現在はVAFA(Victorian Amateur Football Association)に所属するアマチュアクラブとして、かつての本拠地であるBrunswick Street Ovalを拠点に活動を続けている。

今回プレーしたサードチームが「Maroons」を名乗るのも、クラブが1883年の創設時にまとっていたこの最初のニックネームに由来する。プロリーグを経てなお、アマチュアの舞台で地域に根づいた活動を続けている。このクラブのあり方そのものが、AFLという競技がオーストラリア社会に深く浸透していることを物語っている。

100人が集う平日夜の練習

メルボルンに到着したその夜、移動疲れの抜けきらない体のままFitzroyの練習に合流した。驚かされたのは選手の数だ。平日夜にもかかわらず、サードチームの練習だけで100人近い選手が集まっていた。

日本のAFLクラブでは、一つのクラブの規模はおおよそ15〜30人前後というのが実感値だ。それがメルボルンでは、サードチームの、しかも平日夜の練習にこれだけの人数が自然と集まってくる。この層の厚みこそ、オーストラリアにおけるAFLの裾野の広さを象徴していると、到着初日にして思い知らされることになった。

滞在中は複数回、Fitzroyの練習に足を運んだ。ある夜は、大雨のなかでの練習も経験することになった。

コンディションとして決して良好とは言えない環境だった。それでも雨に濡れながらボールを追い、声を掛け合う。その時間は非常に実りの多いものになった。天候に関わらず練習の質を落とさない。この姿勢そのものが、このクラブの、そしてAFLというスポーツの文化を体現しているように感じられた。

Victoria Parkで、日本代表S&Cコーチとキックを交わす

滞在後半のある日、由緒あるVictoria Parkを訪れた。かつてCollingwoodの練習拠点だったVictoria Parkである。ここでキック練習に付き合ってくれたのがドウェイン・ダーシー氏だ。

ダーシー氏は現在、日本代表選手たちに向けたオンラインコーチングを担っている。私自身もその指導のもとで、ストレングス&コンディショニングに取り組んでいる立場にある。AFLの歴史が刻まれたこの場所で、直接ボールを蹴り合えた。オンラインでのやり取りだけでは得がたい、特別な時間となった。

翌日に控えた試合に向けて、技術面でも精神面でも良い準備ができたはずだ。日本代表強化という普段の取り組みと、今回のメルボルン滞在。この二つが一本の線でつながった瞬間でもあった。

一流の環境を覗く――St Kildaの練習見学

滞在中、AFL Asiaの紹介を通じて、貴重な機会にも恵まれた。St Kilda Football Clubの練習見学である。同クラブの拠点RSEA Park(Moorabbin Oval)にて、コミュニケーション担当リーダーのGoy氏の案内でグラウンドやファシリティを見せてもらった。

実際の練習を間近で見学した。選手たちと言葉を交わす時間もいただいた。AFLリーグ所属クラブがどれほど整った環境で選手を育成しているか、その空気感を肌で感じられたことは大きな収穫だった。

グラスルーツのFitzroyでの練習と、トップリーグのSt Kildaでの練習。その両方を同じ滞在中に見比べられた。プレーヤーとしても、ナショナルチームディレクターとしても、価値ある比較体験になった。

初陣――Monash University Clayton campusでのデビュー戦

そして迎えた初めての実戦。土曜日、Monash University Clayton campusのグラウンドに立った。Fitzroyサードチームのなかでも最下位カテゴリーでの出場だった。

2年以上、日本でAFLをプレーしてきたとはいえ、本場オーストラリアのグラウンドに立つことはまったく別の経験だった。それでも試合のなかで持ち味を発揮することができた。この一戦でBest on Groundに選出されたのだ。デビュー戦でのこの結果は、今回の滞在における大きな自信につながる出来事となった。

昇格して迎えた大一番――Ramsden Street Reserveでの一戦

初戦の結果を受け、2試合目は一つ上のカテゴリーへの昇格が決まった。舞台はRamsden Street Reserveだ。普段Fitzroyサードチームが練習に使用しているこのグラウンドで、ホームゲームとしての一戦を迎えることになった。

この試合では、前回決めきれなかったゴールをようやく決めることができた。ボールがゴールを通過した瞬間、チームメイトが駆け寄り、祝福してくれた。あの瞬間の高揚感は、今も鮮明に記憶に残っている。

一方でフィジカル面の厳しさも痛感することになった。タックルもマークの競り合いも、日本での試合とは強度がまったく異なる。試合中に人差し指を2度脱臼した。その都度、自らの手で関節をはめ直してプレーを続けた。それでも痛みを忘れるほどに、純粋に楽しい試合だった。カテゴリーを一つ上げて臨んだこの一戦は、技術的にも精神的にも、そして肉体的にも、今回の滞在で最大の挑戦だったと言える。

試合後はパブへ――アフターマッチという文化

試合後、チーム全員でパブに向かった。勝利を分かち合いながら杯を交わした。この「試合後にパブへ集う」という習慣は、AFLの、そしてオーストラリアンスポーツ全体に根づいた文化である。

グラウンド上での激しい競り合いが終われば、敵味方の垣根を越える。あるいはチームメイト同士で肩を組んで飲む。この切り替えの早さと、コミュニティとしての一体感。この二つこそが、AFLというスポーツを単なる競技以上の存在として、オーストラリア社会に根づかせている理由なのだろう。

持ち帰りたいもの――日本のAFLへ

13日間、観戦者として、またプレーヤーとして、AFLという競技にどっぷりと浸かった。到着初日に見た100人規模の平日練習。雨のなかでも手を抜かない練習姿勢。トップクラブの整った環境。そして試合の激しさと、その後のパブでの一体感。そのすべてが、AFL Japan SamuraisのナショナルチームディレクターとしてR246 Lionsにも関わる身にとって、持ち帰るべき財産となった。

グラスルーツの層の厚さも、トップレベルの環境も、そして勝敗を超えて人と人をつなげる文化も、一朝一夕に日本で再現できるものではない。それでも、今回体感してきたものを一つひとつ、日本のAFLコミュニティに還元していきたいと思う。

前後編を通じて、この13日間のメルボルン滞在に触れてくださった読者に、AFLという競技の奥深さと、その文化の豊かさが少しでも伝われば幸いである。

【Asian Champs 2025】アジアのオーストラリアンフットボールの祭典へ参戦!

はじめに

2025年8月末、オーストラリアンフットボールの祭典「アジアンチャンピオンシップ(Asian Champs)」が開催されました。
Lionsからは6人が参加!日本からタイへ飛び立ち、国際舞台で躍動しました。


今年もアジア各国から強豪チームが集まり、熱戦が繰り広げられました。日本からは「R246 Lions」「Tokyo Goannas」「Komazawa Magpies」からなるチームジャパンが参戦し、男子Division 2で全力を尽くしました。
結果は準優勝となりましたが、高いレベルの連戦の中で成長を重ね、チームとしても一つになることができました。


本記事では試合ごとの振り返りや、大会を通じて得られた経験、そして今後への意気込みについてお伝えいたします。

出場までの歩み

日本におけるオーストラリアンフットボールは、まだ決してメジャーなスポーツではありません。それでも、選手たちは平日は仕事や学業に励み、週末に集まって練習を重ねています。アジアンチャンプスは年に一度の大舞台であり、アジア各国の選手たちと力を試し合える貴重な機会です。

選手たちはこの日のために準備を積み重ね、仲間とともに心身を鍛えて大会に臨みました。

試合の記録

Game 1:vs マレーシアン・ウォリアーズ

初戦の相手は、屈強な体格と豊富な経験を持つマレーシアン・ウォリアーズでした。

試合は序盤から激しい当たり合いとなり、日本は果敢に挑みました。前半終了間際にはLionsの神田がこぼれ球に素早く反応し点差を縮める値千金のゴールを決めました。しかし、後半は中盤での精度に差が出てしまい、結果は 14 (2.2) – 27 (4.3)。黒星スタートとなりましたが、選手たちはむしろ「ここからどう立て直すか」という強い気持ちを持つことができました。

Game 2:vs フィリピン・イーグルス

続く第2戦では、チームジャパンが本来の力を存分に発揮しました。

俊敏な動きと連携がかみ合い、得点を重ねます。最終的なスコアは 33 (5.3) – 6 (1.0) と快勝。Lionsの近藤にも待望のゴールが生まれました。

前試合での悔しさを晴らすような内容で、チームの士気は一気に高まりました。

Game 3:vs カンボジアン・イーグルス

第3戦は冷静な試合運びが光りました。序盤から着実に得点を重ね、相手を寄せつけません。

長崎が2連続ゴールを決めると、試合の流れは完全に日本に。結果は 21 (3.3) – 2 (0.2)。

守備陣の粘りと攻撃陣の決定力がかみ合った理想的な展開で、安心感を持って試合を終えることができました。

Game 4:vs チャイナ・レッズ

グループ最終戦は中国との対戦でした。

お互いに譲らない展開となり、緊張感が漂う中での接戦となりました。最後まで集中を切らさず、僅差で 7 (1.1) – 6 (1.0) の勝利。

わずか1点差ではありましたが、この勝利がチームを決勝へと導きました。

決勝戦:再びマレーシアとの激突

決勝の舞台に立ったチームジャパン。相手は初戦で敗れたマレーシアでした。

雪辱を果たしたいという強い思いを胸に挑みましたが、相手のプレッシャーは予想以上に強烈で、ゴール前での差が再び表れてしまいました。結果は 8 (1.2) – 33 (5.3)。力の差を痛感する悔しい敗戦となりました。

大会を終えて

三つの勝利を重ね、決勝まで進出できたことは大きな成果です。選手たちは試合ごとに成長し、最後まで戦い抜きました。

その姿は、日本におけるオーストラリアンフットボールの可能性を示すものとなりました。

敗北は確かに悔しいものでしたが、選手たちの胸には「来年こそは」という強い誓いが刻まれました。

感謝とこれから

今大会を通じて、共に戦った仲間たち、そしてサポートしてくださった東京ゴアナーズや駒沢マグパイズの皆さまへの感謝の気持ちは尽きません。


仲間とともに過ごした時間は、単なるスポーツの枠を超えた大切な経験となりました。

来年のアジアンチャンプス、そして国内リーグに向けて、R246 Lionsはさらに進化を続けていきます。
困難に立ち向かう勇気、仲間と共に戦う喜び――それこそがオーストラリアンフットボールの魅力です。

<YOSHIの大阪遠征記>

2台の車、4人のドライバー、そしてGo To トラベルを利用して悠々と大阪入りを目指すスタッフで、大阪ディンゴーズとのラウンド2へ出発です。試合当日の朝9時、溝の口駅に集合した一行は、24時間の旅をスタートさせました。旅の途中、様々なスピードバンプ(※スピードを減速させるために設けられた道路上の隆起した部分)が待ち受けているとは、この時誰が予想したでしょうか。

最初のスピードバンプは早速、始めに立ち寄ったサービスエリアに待ち構えていました。恒例になっているディンゴーズへの「東京」土産を物色するトド(長崎)。神奈川県のサービスエリアで購入したのは東京バナナティラミスケーキ。これは東京のお土産となるのでしょうか?

ランチタイム、静岡サービスエリアでケンスケ(舟崎)と合流。ケンスケは大学から清水に住んでおり、大阪遠征の際にサービスエリアで合流するのも慣れたもの。御殿場付近での大渋滞で、1時間以上もサービスエリアで待たせてしまいました。ごめんなさい、でも決してアウトレットでの買い物で遅れたわけではありません。

ケンスケは出発の準備万端でしたが、その他のメンバーはすでに腹を空かせていたので、静岡サービスエリアで昼食タイムです。何人かはゲン担ぎもあってか、かつ丼を。そして何人かは絢爛な写真に引かれて海鮮丼をいただきました。

車中でのトドはすでに遠足気分でアメリカンドッグを食べ続け、もう1台の車では「モンキーマジック」をかけながら、旅は続きます。モンキーマジックの車は32歳と高い平均年齢もあってかくだらないギャクも織り交ぜながら。途中奈良公園に立ち寄って観光をする予定でしたが、御殿場付近での渋滞で時間がなくなり、奈良観光はパス、「さよう奈良」なんて言いながら、大阪の試合会場へ。

肝心の試合は? 素晴らしい試合になりました。ライオンズは勝利を収め、今シーズンの対戦成績を1勝1敗の五分に戻しました。試合後の200円のコインシャワーで元気もチャージ。22時、再び旅が始まります。グラウンド近くのローソンで作戦会議を行い、来るときにできなかった観光をということで大阪城へ。

我々のキャプテン、トヨシ(豊島)が運転する車が先導して大阪城へ。大阪城公園へ近づくとライトアップされて浮かび上がる大阪城が!200mほど走って、右へ。さらに右、また右・・・。23時。試合で疲れ、お腹をすかせたメンバーを乗せた車は大阪城公園をぐるぐると、なかなか本丸に近づけません。

キャプテンの車についていく形の2台目に乗車したベックが沈黙を破りました。「この先にはきっとマックがあるよ、さっき通ったから。そして次の交差点は右ね。」10分間で2週目の道。疲れも吹き飛ぶ台詞に2台目の雰囲気はいっきにほぐれ(1台目の雰囲気は分かりませんが・・・)、元気を取り戻しました。トヨシ、ありがとう。みんなをひとつにする力をありがとう。その後、Uターンも含めて何度か曲がった後、無事にパーキングへ到着。大阪城は息を呑む美しさ、まるで浮いているかのような佇まいでした。日付も変わり、そろそろ夕食タイムです。

午前1時、今度は迷うことなく目的地へ到着。そこは13席のにぎやかなお好み焼き屋さん。熱々で、おいしくて、10枚のお好み焼きと2皿の焼きそばと焼うどん、大満足で帰路へ。

帰りも安全運転で無事にケンスケと静岡サービスエリアで別れたのが朝の6時半。サービスエリアから自宅まで1時間ほどかけて歩いて帰るとのこと。試合で2ゴールの大活躍、この長旅の後に歩いて帰る、タフなプレイヤーです。

さらに1時間ほど東京方面に走って朝食を取るため、足柄サービスエリアへ。ミチト(榊)は盛んにCMしているダブチを食べたがっていましたが、朝マックで注文したのはベーコンエッグマックサンド。グッドチョイス!どうやらサッコ(村上)はマックのCMがあまり好きではないよう。「かっこつけすぎ」とのこと。おっと!サッコに嫌われないように頑張ろう。

6人の寝不足のメンバーとスターバックスのコーヒーを飲んで1人ハッピーなメンバーを乗せて、2台の車は無事に溝の口駅に到着しました。朝の9時、約24時間の旅が終了です。

みんな、よく頑張った!
来年もまた、一緒に大阪へ行こう。

 


文:YOSHI

AFL JAPAN YouTubeチャンネルのメインパーソナリティ―。GO.LEAGUEに所属する「R246ライオンズ」ではプレイヤーとしてバックスの要を担いつつ、グラウンド外では広報も担当。

熱狂的なジロング・キャッツファン。

さらに、今シーズン特別に結成されたA.LEAGUEの合同チーム「エキドナ・ブルーズ」では共同キャプテンを務めるなど、日本のオーストラリアンフットボール界でマルチな活躍を見せる。

大のコーヒー好きで、クリニックで岩手県を訪れた際にはお土産のコーヒーの焙煎を待って、皆の帰宅を遅らせた。大阪に遠征の際は、毎日通う行きつけのコーヒーショップに心配されないように「明日は行きません」とお休みの連絡を入れる。