AFLにどっぷり13日間――メルボルン滞在記【後編:プレーヤー体験編】

オーストラリアンフットボール(AFL)の本場、メルボルンで過ごした13日間。前編では、観戦者として、またAFLコミュニティの一員として過ごした時間を振り返った。後編では、Fitzroy Football Clubでの練習や2試合への出場を中心に、プレーヤーとして体感した本場のAFLを綴る。

前編はこちら

今回の滞在の本来の目的は、Fitzroy Football Clubでプレーすることだった。だが実際には、想定を大きく超えることになった。複数回の練習参加、個人トレーニング、AFLクラブの練習見学。そして2試合の実戦出場。プレーヤーとしてAFLに浸かり切る13日間となった。

Fitzroyというクラブについて

Fitzroy Football Clubは1883年創設。VFL(現AFL)の創設メンバーの一つに数えられる歴史あるクラブである。1898年から1944年にかけて8度のプレミアシップを制した。6人のBrownlow Medalistも輩出している。リーグ屈指の名門として知られた時代を持つクラブだ。

しかし1990年代に経営難に陥った。1996年、Brisbane Bearsと統合。Brisbane LionsとしてAFLでの歴史を引き継ぐことになった。

クラブカラーは赤・青・黄。ニックネームは創設当初「Maroons」、その後「Gorillas」、1957年から統合までは「Lions」と変遷してきた。統合後もFitzroy Football Club自体は存続した。現在はVAFA(Victorian Amateur Football Association)に所属するアマチュアクラブとして、かつての本拠地であるBrunswick Street Ovalを拠点に活動を続けている。

今回プレーしたサードチームが「Maroons」を名乗るのも、クラブが1883年の創設時にまとっていたこの最初のニックネームに由来する。プロリーグを経てなお、アマチュアの舞台で地域に根づいた活動を続けている。このクラブのあり方そのものが、AFLという競技がオーストラリア社会に深く浸透していることを物語っている。

100人が集う平日夜の練習

メルボルンに到着したその夜、移動疲れの抜けきらない体のままFitzroyの練習に合流した。驚かされたのは選手の数だ。平日夜にもかかわらず、サードチームの練習だけで100人近い選手が集まっていた。

日本のAFLクラブでは、一つのクラブの規模はおおよそ15〜30人前後というのが実感値だ。それがメルボルンでは、サードチームの、しかも平日夜の練習にこれだけの人数が自然と集まってくる。この層の厚みこそ、オーストラリアにおけるAFLの裾野の広さを象徴していると、到着初日にして思い知らされることになった。

滞在中は複数回、Fitzroyの練習に足を運んだ。ある夜は、大雨のなかでの練習も経験することになった。

コンディションとして決して良好とは言えない環境だった。それでも雨に濡れながらボールを追い、声を掛け合う。その時間は非常に実りの多いものになった。天候に関わらず練習の質を落とさない。この姿勢そのものが、このクラブの、そしてAFLというスポーツの文化を体現しているように感じられた。

Victoria Parkで、日本代表S&Cコーチとキックを交わす

滞在後半のある日、由緒あるVictoria Parkを訪れた。かつてCollingwoodの練習拠点だったVictoria Parkである。ここでキック練習に付き合ってくれたのがドウェイン・ダーシー氏だ。

ダーシー氏は現在、日本代表選手たちに向けたオンラインコーチングを担っている。私自身もその指導のもとで、ストレングス&コンディショニングに取り組んでいる立場にある。AFLの歴史が刻まれたこの場所で、直接ボールを蹴り合えた。オンラインでのやり取りだけでは得がたい、特別な時間となった。

翌日に控えた試合に向けて、技術面でも精神面でも良い準備ができたはずだ。日本代表強化という普段の取り組みと、今回のメルボルン滞在。この二つが一本の線でつながった瞬間でもあった。

一流の環境を覗く――St Kildaの練習見学

滞在中、AFL Asiaの紹介を通じて、貴重な機会にも恵まれた。St Kilda Football Clubの練習見学である。同クラブの拠点RSEA Park(Moorabbin Oval)にて、コミュニケーション担当リーダーのGoy氏の案内でグラウンドやファシリティを見せてもらった。

実際の練習を間近で見学した。選手たちと言葉を交わす時間もいただいた。AFLリーグ所属クラブがどれほど整った環境で選手を育成しているか、その空気感を肌で感じられたことは大きな収穫だった。

グラスルーツのFitzroyでの練習と、トップリーグのSt Kildaでの練習。その両方を同じ滞在中に見比べられた。プレーヤーとしても、ナショナルチームディレクターとしても、価値ある比較体験になった。

初陣――Monash University Clayton campusでのデビュー戦

そして迎えた初めての実戦。土曜日、Monash University Clayton campusのグラウンドに立った。Fitzroyサードチームのなかでも最下位カテゴリーでの出場だった。

2年以上、日本でAFLをプレーしてきたとはいえ、本場オーストラリアのグラウンドに立つことはまったく別の経験だった。それでも試合のなかで持ち味を発揮することができた。この一戦でBest on Groundに選出されたのだ。デビュー戦でのこの結果は、今回の滞在における大きな自信につながる出来事となった。

昇格して迎えた大一番――Ramsden Street Reserveでの一戦

初戦の結果を受け、2試合目は一つ上のカテゴリーへの昇格が決まった。舞台はRamsden Street Reserveだ。普段Fitzroyサードチームが練習に使用しているこのグラウンドで、ホームゲームとしての一戦を迎えることになった。

この試合では、前回決めきれなかったゴールをようやく決めることができた。ボールがゴールを通過した瞬間、チームメイトが駆け寄り、祝福してくれた。あの瞬間の高揚感は、今も鮮明に記憶に残っている。

一方でフィジカル面の厳しさも痛感することになった。タックルもマークの競り合いも、日本での試合とは強度がまったく異なる。試合中に人差し指を2度脱臼した。その都度、自らの手で関節をはめ直してプレーを続けた。それでも痛みを忘れるほどに、純粋に楽しい試合だった。カテゴリーを一つ上げて臨んだこの一戦は、技術的にも精神的にも、そして肉体的にも、今回の滞在で最大の挑戦だったと言える。

試合後はパブへ――アフターマッチという文化

試合後、チーム全員でパブに向かった。勝利を分かち合いながら杯を交わした。この「試合後にパブへ集う」という習慣は、AFLの、そしてオーストラリアンスポーツ全体に根づいた文化である。

グラウンド上での激しい競り合いが終われば、敵味方の垣根を越える。あるいはチームメイト同士で肩を組んで飲む。この切り替えの早さと、コミュニティとしての一体感。この二つこそが、AFLというスポーツを単なる競技以上の存在として、オーストラリア社会に根づかせている理由なのだろう。

持ち帰りたいもの――日本のAFLへ

13日間、観戦者として、またプレーヤーとして、AFLという競技にどっぷりと浸かった。到着初日に見た100人規模の平日練習。雨のなかでも手を抜かない練習姿勢。トップクラブの整った環境。そして試合の激しさと、その後のパブでの一体感。そのすべてが、AFL Japan SamuraisのナショナルチームディレクターとしてR246 Lionsにも関わる身にとって、持ち帰るべき財産となった。

グラスルーツの層の厚さも、トップレベルの環境も、そして勝敗を超えて人と人をつなげる文化も、一朝一夕に日本で再現できるものではない。それでも、今回体感してきたものを一つひとつ、日本のAFLコミュニティに還元していきたいと思う。

前後編を通じて、この13日間のメルボルン滞在に触れてくださった読者に、AFLという競技の奥深さと、その文化の豊かさが少しでも伝われば幸いである。

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