近くに来たから昔住んでいた街に寄ってみた。
そんな経験はないだろうか。
エッセンドンの監督がやってみたのは、そういうことだ。
いや実状はもっと複雑かもしれない。自分が住んでいなかった街の過去をプレイヤーに見せようとしているのだから。
COVID-19の影響に揺れたAFL、13位に沈んだエッセンドン。
2020年シーズンはエッセンドンにとって新型コロナウイルスの影響に加え、監督の交代を見据えて、指揮を執る監督を2人体制にするという異例のシーズンとなった。
2016年から5年間チームの指揮を執ったJohn Worsfoldは、次期監督のBen Ruttenと2人での監督体制を築いたのだ。監督が2人いるシーズン。プレイヤーもさぞかし戸惑っただろう。
仮拠点生活に2人の監督。通常のシーズンを戦うことができなかったエッセンドンは、2021年、落ち着くことができるホーム、原点を探していた。
Ruttenは新しく監督に就任するにあたり、新しさを打ち出すよりも、過去に焦点を当てた。急激な若返りを図る中で、忘れかけていた過去を取り戻そうとしたのだ。
そのメッセージはプレシーズン初日からプレイヤーに伝わった。
「このクラブには積み重なった成功の歴史があり、他のクラブとは全く異なっている。我々の前を歩いて来た人々とのつながりを感じ、彼らの貢献を理解することはクラブのスタッフ、プレイヤー、コーチに必要なことなのです。クラブを代表する我々は、自分たちがエッセンドンの人間であることを理解しなくてはいけません。」
オフシーズンの間にクラブハウスを改装し、クラブの過去16回の優勝を讃える歴史、赤と黒に包まれた過去の名プレイヤー、どのような人々がエッセンドン・ボンバーズを作ってきたのかを感じさせる廊下を作り上げた。
「次の章に進むには、それまでの物語の振り返りが必要だった。」Ruttenはこう語った。
Ruttenの原点回帰の取り組みはそれだけではない。2013年に現在のクラブハウスがあるTullamarineに移転するまで使用していたWindy Hillを再びトレーニングで使うことにしたのだ。週に1度はWindy Hillでトレーニングをすると決めた。
現在のクラブハウスはプールや室内練習場、オーバルも2つ用意されており、ファンが訪れるカフェやショップも充実している。
それに比べてWindy Hillは古い建物やスタンド、ロッカー、トイレ。天井も低く、ジムエリアも半分の広さ。あきらかに見劣りするWindy Hillに戻ったのはなぜか。
「私にとっても、クラブにとっても今必要なのは、基本に立ち返り、規律正しく、ハードワークを取り戻すこと。」Ruttenはそう説明している。
Windy Hillに戻ったプレイヤー達は、一見すると寂れたクラブハウスに、過去が刻まれた歴史を感じただろう。壁に入った傷、小さな染みに、過去の偉大なプレイヤー達の痕跡を見た者もいたはずだ。
シーズンの開幕前には歴代のプレイヤーを招待し、ジャンパープレゼンテーションも行った。同じ背番号を着用していたプレイヤーからジャンパーを受け取った者は何を感じたのだろう。
熱心に過去の物語を聞き、現在のクラブについて話し、励ましと笑顔が交わされ、ささやかながら、過去と現在をつなぐ時間となった。
2020年、仮拠点での生活に監督の交代と落ち着かない日々を過ごしたスタッフとプレイヤーは今、過去と現在を見つめなおしている。投資を行い設備に恵まれた念願の新拠点を手に入れたはずのエッセンドン。
ところが改革が続いた近年は知らず知らずのうちに、過去とのつながりを失っていたのだろう。
今はそのつながりを修復している。
「この仕事が好きなんです。クラブを率いて、決意と献身に満ちた若いプレイヤー達と夢を叶えているなんて、世界で最高の仕事だと思っています。」
赤いサッシュでつながった過去とのつながり。
その道を歩かせたRutten。
現在地を確認しながら、エッセンドンは2021年シーズンの開幕を迎えた。
開幕ラウンドは91-92でホーソン・ホークスに1点差の負け。
かつても今もFootballは思うようにはいかない厳しい世界だ。
プレイヤーは自身に問いかけたに違いない。
あの頃のプレイヤーは、結果をどう受け止め、どう再出発しただろうかと。